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日記と小説に似ても似つかないモノです
by kujikenjousiki


凍牙とネフェル・2

私は夢の様なその美しき〝闘い〟を前に、身動き一つ出来なかった。

                            ◆

私は自室に戻ると、一人ベッドに転がった。

〝嬉しい〟

私の心を騒がせるその感情は、未だ落ち着いてくれはしない。
思えばそれは当然なのかも知れない。
生まれた時から自らの脚で立つ事を許されなかった私が、今こうして他人の手を借りず、立ち、歩き、駆ける事ができるのだ。
涙が溢れる。
嗚呼、本当にこれは現実なんだろうか。
夢じゃないという事が信じられない。
でも、そうこれは━━。
凍牙の顔が浮かぶ。
精悍で、儚げで、絵画のように美しいあの人。
そして、あの人が告げた言葉・・・
〝良き夫として愛情を〟
「━━ッ!」
思い出して顔が燃えそうな位に熱くなった。
そうだ、彼の言っている事が本当なのならば喜んでいる場合ではない。
彼は男だ。
彼の願い通りに私と婚姻を結ぶのだとしたらかなりの数色々な問題を処理しなければならなくなる。
「結婚・・・かぁ」
だが、私にはそんな事よりも彼と結婚をするという事の方が大事だった。
「結婚・・・凍牙と・・・」
今は脚の事だけで私は十分に幸福なのに、彼との結婚が頭をよぎってしょうがない。
どうしよう。
正直嬉しい。
なにしろ、ぶっちゃければ彼はモロに私好みの男なのだ。
はっきり言って一目惚れだった。
今一番の悩みはそう、今後彼に嫌われないようどう接するかだったりする。
倒れた彼の顔を見た瞬間、恐怖も確かにあったが何より、彼が誰であるのかという方が私の中では膨らんでいた。
あぁどうしよう。
私は王なのに、男の事など考える暇があったら良き政策を立てた方が皆のためなのに。
でも想いも思考も、どうやったら彼と円満な夫婦になれるかという方法論に傾きだしている・・・。
確かに私達は出会ってまだ一日と経っていない。
だがそれがどうした?
時間?彼という人間?
そんなものはすぐに埋まるし理解できる。
とゆうかもう、彼の動作や仕草、言動からその使い方、彼がどういう性格をしていてどういう人間として確立しているのかさえ、私は全て把握している。
それもこれもこの〝王の眼〟のお陰なのだが、まぁとにかく。
今現在解っている事は、彼が私と結婚したがっている事。
それは恋や愛ではなく使命から来るものなのだが、気にする事などない。
これは好機だ。
なにしろ、その想いを育む時間はこの先十二分にあるのだから。
だが一筋縄ではいかないだろう、何しろ彼の性質ときたら・・・。
純粋さと狡猾さ、その相反する心理の同居故に生まれる彼の中の深い闇。
でも、それも含めて私の好みなのだ。

・・・・じゃなくて。
ああもう、どうしてこう思考が転がるのだろう。
私はベッドの上をゴロゴロ転がりなんとか冷静になろうとするが、どうも上手くゆかない。
先ほどまでの自分の身体に関する喜びだって醒めてなどいない。
それに、問題の解決も今はまだなんにも浮かんでこない。
それでも、できることなら私は━━

「うわぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

「ヒッ!?」
突如、闇を引き裂く様な悲鳴が響き渡った。
「今の声は・・・」
そう、今まで聞いた事のないような大きな叫びだったけれど・・・今のは。
「ネフェル!?」
私はベッドから跳び起きると、すぐに悲鳴が聞こえてきた方向に駆け出した。
あのネフェルが叫び声を上げるなんて、唯事じゃない。
彼は英雄なのだ。
この国で最強の戦士として、誰かに向かって恐怖を顕にした事などないだろう。
なのに、
「━━っはぁ、はっネフェル、一体何が?」
走るのなんて初めてだけど、なんとか呼吸を合わせながら庭園へと向かう。
足がもつれるのを何とか回避しながら、私はテラスから一望できる庭園へと視線を━━

                          ◆

「━━ぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!」
〝クイックムーブ〟のルーンを発動させ、百の距離を一瞬で零にする。
両手に構えた〝ロンギヌス〟が敵の心臓を喰らおうと再度吼え猛る。
その速度は連続使用により増加速し、音をも超えるかといった疾さなのだが、
「〝疾い〟だけでは意味がないぞ」
白い侍は事も無げに見切り、紙一重で完全に回避する。
「っの減らず口、今すぐ畳んでやる!!」
直線的な突進を捻じ曲げ、円へと動きを変える。
「これでもかわせるかよっ!」
凍牙を中心に、円周上に駆け回る。
凍牙を囲む環は、ネフェルの加速と同時にどんどん狭まってゆく。
「ふむ、確かに回避は難しいだろうな、初見でこの技を見せられれば。しかし」
のんびりと呟く凍牙を無視し、遂に円は点と成った。
「貫け!ロンギヌス!!」
光速に近い速度となったネフェルが凍牙の背後に回ると同時に、速度をそのまま乗せた突きを放った。
だが━━
「少し冷静になれば、回避など造作もないな」
またしても紙一重。
背後から襲う神速の刺突を、凍牙は槍の矛先が衣服に触れると同時に、刺突の速度と同じ速度を持って回転し、受け流した。
「な━━」
今まで一度として、この攻撃を破られた事など無かった。
だのに、この男は・・・。
「どんな奇抜な動きを見せようとも、結局最後に行う攻撃は刺突なのだ。ならば、結局は直線の動きに過ぎぬ」
いとも容易く見破りそして━━
背中に回し蹴りを浴び、ネフェルは吹っ飛んだ。
「ネフェル、貴様にとって必殺の技であったのだろうが、油断が過ぎるぞ。背中が完全にがら空きだ」
本当に、ネフェルに教えているのだ。
最初の言葉通り、〝訓練〟として。
「━━ぐぁっ!っはっゲフッ」
木に背中から激突し、うつ伏せに倒れ込む。
「てめぇ・・・っ本気で闘いやがれ!!」
吼える。
ネフェルの眼が告げる。
どのような実力差があろうと、相手が本気で懸かるのならば本気で対応する。
それがネフェルの流儀だった。
「・・・ふむ」
然り、と凍牙は一度頷くと、〝にやり〟と笑った。
「気に入ったぞネフェル!」
声も高く笑う。
その笑いは、豪放磊落にしてそう、古き異邦人が魅せた笑顔に瓜二つであった。
「その心意気見事。貴様を子供扱いした事をまず謝罪しよう」
背筋をピンと張り、深々と礼をする。
「その粋に従おう」
面を上げた凍牙の表情にはもう、一遍の甘さは存在しなかった。
「っげふ、そうだ、それでいい」
咳き込みながら立ち上がる。
もう痛みでそこかしこの感覚は薄れ始めている。
それでも、ネフェルは悟っていた。
こんな強い男と闘える機会など、きっとこの先在りはしない、と。
心臓が恐怖と興奮で高まる。
もしかしたら死ぬかも知れない。
それでも、この先俺が強くなるための障害として大きな大きな扉が邪魔してるとして、こいつとのこの闘いはそれをブチ開けるための最高の鍵となる━━!!
「はっ━━はっ━━覇!!」
息を整え、再度身体に気合を吹き込む。
もう頭の片隅にも先程までの嫉妬のような暗い感情は無い。
心は澄み渡り、既に身体は歓喜に打ち震えるように全身で息吹を挙げている。
もう、〝英雄〟なんて不釣合いな名前は捨てた。
「〝戦士〟ネフェル、参る!!」
もう一度槍を構える。
今度こそ、何者にも揺らがない強き意思を持って、彼は立ち上がった。

                         ◆

素晴らしい、と思わずには居られなかった。
まだ若輩とはいえ、闘いに挑むこの意志。
彼はもう立派な〝戦士〟だった。
何故、私は彼を甘く見てしまったのだろう。
何故、彼の本質を見抜けなかったのだろう。
何故、私は眠っていたのだろう。

そう、私は眠っていた。
闘いに臨する意識を、私は眠らせていた。
あの〝儀式〟を最後に、私は〝戦闘意欲〟を眠らせたのだ。
もう二度と呼び起こす事が無いようにと祈ったのに。
だが、それはどうやら私の甘さが下したくだらない自己完結だったのかも知れない。
なにせ━━

〝私〟はこうして目覚めたのだから。

                         ◆

「素晴らしい覚悟だネフェル、その粋に応え、私も目覚めよう」
両手の甲がアツイ。
〝儀式〟の際に刻まれた、両手の紋章が銀に輝く。
「どうやら私は知らなかった訳ではないらしい、そう、ただ━━」
目の前に広がる〝夜〟に、右手を振る事で円呪を刻む。
紋章と同じ銀の色で、虚空に陣を描く事ができた。
「無意識に封じていただけなのかも知れぬ」
完成した陣に、同じく輝く左手を突き入れる。
私の左手は虚空に吸い込まれるようにしてその姿を消すが、その陣の先に、確かな感触を掴む。
「私も初めて見るが、特別に貴公にも御見せしよう、これが我が封印されし世界での宝刀の新たな姿━━」
掴んだ得物を、虚空から抜き放つ。
「宝刀━〝白銀〟」
美しい刀だった。
鞘は無く、ただ闘う際にのみ所持する事を許された刀。
刀身は、まるで存在しないかのように薄く薄く輝く。
月の光が無かったら、本当に透明なのかも知れない。
そして、その薄さ。
まるで一枚の紙を横にしたような薄さで、とてもではないが斬るためのモノとは思えない。
だが━━

ネフェルはその刀を見た瞬間に、確かに〝死〟を見てとった。
「流石だな、もう気づいたか」
やはりこの男は才気に満ち溢れている。
一目で〝白銀〟の用途に気づくなど、そうそうできるものでもない。
「そうだ、この刀はただ〝絶つ〟ためのものだ」
物質は、原子の〝繋がり〟でできている。
この刀はその幽かな繋がりでさえ、〝絶つ〟
「ネフェル!」
私は一言、声をかけた。
「生き延びてみせろ」
もしもこれが常人ならば、刀を視界に収めた瞬間に絶望と共に諦観の念を抱いただろう。
しかし。
ネフェルは、私がしたようにニヤリと笑うと、前傾姿勢を取った。
それを見て私も、白銀を正眼に構え、吼えた。
「〝白翁ヶ当主〟凍牙、参る!!」

                        ◆

私は呆然と、テラスからその光景を見ている事しか出来なかった。
その苛烈さ、華やかさ、美しさ、そして雄々しさ。
私が見てきた狭い世界が、本当に広がった一瞬だった━━

                        ◆

ネフェルが一直線に飛び込む。
凍牙が完全にその速度と間合いを読み、白銀を居合の要領で真一文字に横に振るう。
だがネフェルもそのタイミングを一瞬で解し、唐突なバックステップでギリギリ回避する。
刀が、ネフェルの睫毛だけを切り落とす。
もしも退いていなければ、目玉から頭部が真っ二つだっただろう。
その機を利用して突きかかろうとネフェルが突っ込む、だが。
居合の太刀は振り切った瞬間が弱点だと思われがちだが、凍牙にはそんな手は通じない。
返す刀でネフェルの首を落としにかかる。
「━━ッ」
ネフェルは倒れるように間合いを詰め、射程の更に内へと身を翻す。
空中で前転し、座りこむように凍牙の背後を取ると、背中を向けたまま脇の下を通し槍を突き上げる。
「甘い!」
凍牙は即座に攻撃の線を見極めると、横に飛んだ。
しかし、それもネフェルの狙い通り。
「まだだ!」
立ち上がりながら槍を引き戻し、即座に刺突に持っていく。
だが凍牙は横からの攻撃に腕だけで反応し、白銀の腹でロンギヌスを受け流す。
身体を凍牙の前に流されたネフェルは、振り下ろされる高速の一撃を横に転がる事でなんとか逃げ切った。
追い討ちをかけようと駆け出した凍牙の鼻先に、転がった回転の勢いを載せてロンギヌスを投げつける。
流石に不意を突かれた凍牙も、少々驚きながら身を引いて弾いた。
「ふん、得物を投げ捨てる莫迦がどこにいる、諦めたの」
「余裕見せてんじゃねぇぇぇぇ!!!」
もう一度構え直そうとした凍牙の目の前には、弾かれた筈のロンギヌスを手に高速の連突きを繰り出そうとしているネフェルが突っ込んできていた。
「な━━」
「オラオラオラァァァァ!!!」
速度の乗った槍を更に加速させるように、ネフェルは槍を突きまくった。
殆ど音速の連突きを、凍牙も負けじと全て受け流す。
その競り合いで剣と槍から火花が飛び散り、闇は一瞬花火に照らされたかのような華々しさに彩られる。
「くっ、どういう事だ━━!」
二度も不意を突かれ、凍牙は焦った。
「ロンギヌスは二股がけが好きでな、何時でも片方は別の男に逃げられるんだよ!」
そう、防戦一方になった凍牙の眼に映るロンギヌスは先程までの二俣の槍ではなく、一本の針の様に刺突だけを目的とした一本の槍となっていた。
「そうか━━まさか分解するとはな」
細身のフォルムからは想像しがたい程の強度を誇るロンギヌスだ、例え半分に成ったとしてもその威力は半減するどころか、脅威となるだろう。
「この槍は神様の御手製でな、そんじょそこらの槍とは全てが違うんだよ!」
神と勝負をした際に勝ち得た神槍・・・材質はオリハルコンという現世には存在しないモノで組上げられたいわば、神器。
「だが使い手がまだまだでは、なっ!」
高速の連突を剣の腹で受け流し続けていた凍牙は、突いた瞬間の隙を突き懐に踏み込むと、鳩尾に容赦のない掌底をブチ当て、吹っ飛ばした。

ッパーン!!

大きな水音を立て、水柱が上がる。
運が良かったのか、落ちた先は大きな人口の泉だった。
「っぶは!」
鎧で重い身体を何とか水面まで浮上させた。
何とか縁に手をかけると、真正面から歩いてくる凍牙の姿が見えた。
「では、そろそろ私の手の内も少しばかり見せよう」
かなりの距離を飛ばされたのか、二人の間には凍牙の声が何とか届く程度の空間が在った。
すぐさま身を泉から飛び上がり、体勢を立て直そうとするネフェルに、カチリと鯉口を切る音が聞こえ、そして━━

「太刀断ち絶ち、立ち挑む、剣が舞い裂く水の舞台に━━」
凍牙は詠うように、そう口にした。
そして、ネフェルを襲う冷たく細い糸のような・・・殺意。
「我願わくば一太刀の舞いを献上したくかしこみかしこみ申す者也━━」

ヒュ━━

幽かな、先刻聴いたその音よりも疾く小さい音がした。
「━━うぁあっ!」
そんな幽かな異常に、ネフェルは襲い来る怖気に対して、ロンギヌスを盾にするかのように突き出した。
そして、

キン、と澄んだ音を立てて、ロンギヌスは更に半分に絶たれた。

「あ・・・ぁ・・・」
呆然とするネフェルを他所に、最後の言葉を凍牙は発した。

「━━太刀、水参之式。〝天迦久神〟」
振り切った白銀を、鞘に戻すかの様に左手の内にしまう。
カチン、とまるで刀を納めたかのような金音が響いた━━
by kujikenjousiki | 2006-01-11 01:26 | 小説
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