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日記と小説に似ても似つかないモノです
by kujikenjousiki


寓話

親父は、〝英雄〟だった。
一本の槍を手に、百もの戦を駆け巡り、全ての戦に勝利を納めた並ぶ者無き英傑。
気丈にして豪胆、敵には一切の情けを与えず、勝負の名の元に斬り捨てる鬼神。
だが戦友には、心からの友情と笑顔を向け、一切の不安を吹き飛ばしてくれる最高の英雄だった。

〝護る者が、大切な者がいるから私は戦える。私に勇気と希望を与えてくれる者達がいるから、私は英雄でいられるのだ〟

親父は、俺に優しく微笑みそう言って、百と一戦目の戦に赴き、命を落とした。
それは俺がまだ六つか七つぐらいの出来事であったが、俺はその最後の笑顔を忘れた事などない。
俺にとって、父は誇りだった。
優しく、剛く、護りたいと願った男は、まるで神のような神聖性すら併せ持っていた。
幼い俺にとって、その優しさは〝まるで〟ではなく、〝まさに〟と言い切れる。
そのぐらい、俺にとっては誇り高い男だった。
だから、俺は親父の死を伝えられた時に、涙を流さなかった。

だって、解っていたから。
親父の死に顔が、誰よりも安らかだったって事。

弔いの儀は、盛大に行われた。
百と一の闘い。
確かに親父は死んだが、決して負けはしなかった。
相手は敵国の英雄で、その剣の鋭さは、親父の舞に引けを取らないと言われる程の使い手だったという。
親父は、その達人との一騎打ちで合い打ちし、命を落とした。
あまりの激戦に、敵国の王は戦そのものを恐れ軍を引き、白旗を挙げた。

親父は護ったのだ。
自分の国を。大事な人達を。大切な、優しい日常を。

だから、俺には解ったんだ。
親父が笑顔で帰ってきたって。
身体があるかないかなんて、関係なく、格好良かったんだって。
だから、俺は笑った。
葬儀の間、親父を支えてくれた人達に、絶対に悲しみなんか振り撒かないように。

                           ●

盛大な祭りが終って6年も経った頃、唐突にも陛下の一行が俺の家の門を叩いた。
俺の家は、親父がどんなに家族が増えても大丈夫なように、かなり大きな屋敷となっている。
まぁ増えるどころか今住んでいるのは実質俺と、病気で寝込んでいる母親だけなのだが。

親父から習い続けた槍術の訓練の途中だったが、王様が来たとなれば顔を出さないわけにもいかず、俺は少々汚れた格好で門を開け放った。

兵が4人程付き従う中、豪奢な馬車が一台。
その中から、王が歩いてきた。
「えーと、何か御用ですか?王様」
こんな口利いたら一発で首でも落とされそうなものだが、生憎ながら俺は子供で、しかも親父達の宴会に混ざって暴れた事もあり、王様とは気が知れた仲だ。王様は気分よさげに破顔すると。

「おまえ、騎士になる気はないか?」

歳にして13の子供に向かって、そんな事をこのオッサンは口にした。
「え、いや、その、そりゃ俺だってその気で練習してますし、でも、まだまだっていうか、その」
突然の事にしどろもどろになっている俺を見て、更に気分を良くした王様は、後ろに控えていた兵に一声かけ、何かを持ってこさせた。
「ふむ、やはり彼奴の息子よ、眼が語っておる。強くなりたいと」
確かに俺は強くなりたい。
その為に毎日訓練だってしている、が。
「今日は、おまえをスカウトする為だけに来たわけではなくてな」
兵から受け取った、布に包まれた長物を、俺に寄越す。
「まずは、コレを受け取って貰いたい。包みを開けてみよ」
俺は言われた通り、すごく広げにくい布を長物から取り払った。

「・・・これは」
長物の正体は槍だった。
それも、親父が最後の戦に持って往った物だ。
〝神槍・ロンギヌス〟
親父が、本物の神様に喧嘩を売られて勝利した時に、賭けの景品として頂戴したという、この世に二つと無い俸具・・・!

「陛下、これは」
王様は腕を組み、頷いた。
「うむ、彼奴の持っている武具の中でも、最強を誇る物。この槍はな、おまえの父から最後に渡された約束の品だ。」
「約束・・・?」
そんな話があったなんて、俺は聴いていない。
今際の際に、親父が言葉を遺しただなんて・・・。
俺がその事について言及しようとしている事に気づいたのか、王様は口を開いた。
「彼奴はこう言った。
〝我が息子が、騎士となる時が必ず来る。だが私はこうしてここに朽ちる。騎士となる時を見測る役、陛下に任せてもよいだろうか〟」
昔を思い出しているのだろうか、王様の眼に涙が浮かぶ。
「〝息子が騎士となる時、この槍を渡して欲しい。息子のために何一つとしてしてやれなかった不甲斐無い父からの、最後のプレゼントとして〟と」

泣きそうになった。
親父、あんたは俺にこんなにも色々くれたじゃないか。
なのに不甲斐無いだなんてそんなこと━━ッ!

「証明してみせよ」
王様は、右手で腰に挿した剣を抜き放った。
本来両手で持つはずの剣だが、王様には生まれた時から片腕が無い。

「おまえはもう、騎士としてふさわしい器かどうか。その槍を受け取るに足る人間であるかどうか」
王様は無言で構える。
しかし俺は━━。

「私がこの槍を取るにふさわしいかどうか、陛下は既に識っているでしょう?」

俺は、剣を取る王に対し、笑顔でそう言い放った。
「フ━━」
王は剣を鞘に納めると、フハハと大笑いして、こう言ってくれた。
「見事」
「ありがたき御言葉」
俺はその言葉に、礼を持って応えた。
「親父の、いや、俺の槍は護るべき人達に向けちゃいけない、絶対に」
俺は、顔を上げると、笑ってそう答えを出した。
「うむ、良し」
王様は満足そうに頷く。
「おまえは今日から騎士だ。護るべき者達の剣となれ」
「わかりました」
膝を突き、頭を下げて忠誠を誓う。

俺は、その時〝騎士〟となった。

                            ●

それから更に5年が過ぎた現在、俺は親父に並ぶ〝英雄〟となった。
戦の数は80を超え、だが一度として敗走などしていない。
俺は護るべき者達のために、駆け抜けてきた。
槍術だって、子供の時に比べれば大分マシになったと思う。
親父と比べるべくもないが、一歩一歩、確かに俺は成長している。

だが、ふとした時、この世の欲望に負けそうになる。
野心を秘めた者が、多すぎる。
戦の数はまさにその象徴だろう。
民が脅かされる戦が、終りを迎える事なく続くのが、不安でしょうがなくなる時がある。
だが、俺は闘い続けよう。
親父が護った世界を、俺も笑顔で護り続けたいから。

それに今は、俺にも護りたい人が出来た。
あの人が笑ってくれると、平和を護れたという感慨が浮かぶ。
大切な、多分、俺にとってこの世で最も愛しい人がいてくれる。
それだけで、俺は戦える。
親父もこんな気分だったのだろうか、愛する者がいて、それを絶対に失いたくなくて・・・。

そんな事をボンヤリと考えながら、勝利の報告をしに王の寝室に赴く。
あの人は心優しいから、きっと辺境での小さな戦ですら、心を痛めている事だろう。
そう、俺の最愛の人は今は亡き先代王の娘であるホルス様。
身分違いなのは分かっている。だが、今は彼女が居てくれるだけで俺には十分なのだ。
今日も、勝利の報告であの人を笑顔にさせて上げなければ・・・。

緊張を吹き飛ばすべく、少々大袈裟に深呼吸をし、心臓を落ち着ける。
そして、何時ものように寝室の扉を開け放ち、笑顔で報告を━━
「ホルス様、唯今帰還致しまし・・・・・・・・・・」

見知らぬ男が、愛する我が君主の手に口付けをしていた。
by kujikenjousiki | 2005-12-03 02:54 | 小説
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