人気ブログランキング | 話題のタグを見る

日記と小説に似ても似つかないモノです
by kujikenjousiki


白と赤

不思議と違和感は無かった。
潔癖すぎる程に清廉な白い王の寝室。
その部屋の隅に、白い男はそこが自分にふさわしい場所であるかのように、当然としてそこに居座り、死んでいるかのように眠っていた。

窓から差し込む陽が、壁の陰に隠れた男の顔を照らし出した。

男の顔は精悍で、息を飲んでしまうぐらいに美形だった。
だが、それを隠すかのように右眼に黒い眼帯を帯びている。
白い衣装、白い肌に、まるで銀のように輝かしい白髪。
その中で、唯一黒い部分が、異質さを際立たせた。

「・・・ん」
死者が息を吹き返すように、男は呻いた。

ビクリと、身を縮こまらせる。
王としての情けなさが胸中に溢れるが、相手の正体が解らない恐怖で、凍えそうだった。
この男は、人の容をした破壊神かも知れぬのだ。そう思うと、どうしても身が竦んだ。

「・・・私、は」
どれだけの間、竦んでいたのか。
白い男がその沈黙を切り裂いた。
言葉を発する事さえも叶わず、私は男を凝視した。
男は、意識を取り戻そうと頭を振り、眼を開いた。

                          ◇◆

気づけば、私を苛んでいた痛みの嵐は消えていた。
あまりの苦しみに、どうやら私の意識は掻き消されてしまったらしい。
情け無い、と思いながら頭を振る。
目蓋を通して入ってくる光を察知し、心を希望で埋めてゆく。
あぁ、どうやら私は儀式に成功したらしい。
確信が持てた。何故なら、あの地獄をもってしても未だ私はこうして生きているのだから。
私はゆっくりと、眼を見開いた。

「・・・・・・此処は」

静かな、静謐さに溢れた白い部屋だった。
天蓋から溢れる陽光は目映く、優しい。
開いた窓から入ってくる風が、心を穏やかにさせてくれる。
満身創痍であったはずの身体は、傷一つなく、儀式の前に戻ったかのようだ。
当然のように、貫かれたはずの両手にも跡一つ残ってはないなかった。
「うん・・・よし、落ち着いた」
とりあえず、心は清浄で正常。
まずは自分が何処にいるのか、まずはそれを把握しようと━━
「あれ」
気配を察する事が出来ないくらいに余裕が無かったのだろうか。
風が入り込む窓のすぐ横に、何と言ったらいいのだろう。四肢がついて少々高さをつけた布団のような物の中で、柔らかそうな毛布にくるまり、少女がこちらをじっと見つめていた。
その視線には、怯えが含まれているように見える。
「もし、そこの娘」
私が声をかけると、びくりと身を震わせ、まるで化生にでも見えたかのように泣き出しそうになる。
当然か、多分に想像するにしても、私は突如としてこの部屋に顕れたに違いない。
「あぁ、私は怪しい者ではない」
少女を安心させようとして前に出る、すると━━

「ぁ、・・・貴方が、神様?」

少女は、これが精一杯といった顔でそんな事を利いてくる。
さて、どうしたものか。まさか私が神でなんぞあるわけがない。
笑い飛ばすわけにもいかず、首を捻っていると。
「貴方、この本から出てきたのでは・・・ないのですか?」
おそるおそるといった風に、少女が握り締めていた本を私に向かって翳す。
〝無名封書〟
そう記された書物を一見し、私は心のどこかで悟った。
「あぁ・・・私はこの中に居た者だ」
この本に記されているであろう世界。
それこそが私達白翁家と黒楼家の故郷。
「私はどうやら、帰ってこれたようだ、元の、封印される前の世界に」
感慨をもってそう呟く。
少女は目を見開き、呆然と問う。
「え・・・では、神々は・・・」
少女が何を言いたいかが解らない。
先程から神について聞きたいようだが、もう既に八百万の神々ごと、世界は崩壊してしまった。
「娘、何を期待しているかも解らぬし、その期待を断つようで申し訳ないのだが。神々はもう居ない。封ぜられた豊葦原瑞穂国と命運を共にした」

                           ◆◇

どういう事だろうか。
私達王家が今まで、〝現臨すれば、国は滅亡する〟と信じてきたこの呪いは、既に存在しない・・・?
ベッドの脇で、どこか心配そうに佇む男を前に、私は気絶しそうなくらいの衝撃を受けている。
「えぇと、あの・・・」
男を呼ぼうとするが、なんと呼んだらいいものやら。
「申し遅れた。私は白翁家当主凍牙。凍牙と呼んでくれてかまわぬ」
「ハクオウ・・・本当に貴方は本の中の人物だったのですね・・・」
名前を聞いてやはり少々驚くが、国の危機が去ったという情報の方が私の意識を持って行く。
「では凍牙。神々が命運を共にしたというのは、事実なのですか?そして、その理由を知っているのならば、是非聞かせてもらいたいのですが」
心に在った不安は、もう無い。
凍牙の言っている事が事実だと、何故か私はもう理解しているのだ。
「ふむ・・・それは構わぬのだが」
凍牙は腕を組み、不愉快そうに私を見据えながら言った。
「此処では、布団の上に座したまま初見の人間に質問するのが礼儀なのかな?後、名乗られたら自分の名は名乗らないでもいいと?」
しまった。
私とした事が唐突な出来事についていけなかったとはいえ、礼節を怠るだなどと・・・!
「申し訳ありません凍牙。私とあろう者が己を見失っていました」
口にして、頭を下げる。
素直に謝罪した事に面喰らったのか、頬を掻きながら「いや、考えてみればこちらこそ唐突なのだ、許せ」などとボソボソ呟いている。
その態度に、クスリと笑いながら、笑顔を向ける。
「私はシュシュバルツァの王ホルス。ホルスって呼んで下さい。後、私の足は生まれた時から神経がなくて、歩くどころか立つ事すらままなりません、ご容赦してくださいね」

                           ◇◆

「・・・・・・・・・」
少女は、何か?とでも言いたげに首を傾いでいる。
今、この少女はなんと言ったか。
「お、王・・・だと?」
「はい、私が今代の王を務めさせてもらっています」
どうやら本当のようだ。
少女の眸には曇りがない。
「あぁ・・・いや、脚の件はこちらが悪い、謝罪しよう」
あまりにも予想していなかった事実に眼が眩む。
「時に娘。失礼だとは存じてはいるが、君の齢を教えては貰えないだろうか」
〝約束を違える事なかれ〟
だが、あまりにも・・・。
「ホルスと名乗ったはずです、ホルスと呼んで下さい」
「あぁ、済まない」
少女・・・ホルスは、少し頬を赤らめて怒った後に。
「今年で私は22歳になります。戴冠式は18の誕生日に行いました」
愕然とする。
どう見ても齢15を超えているようには見えない。
だが、歳がそうであるならば。
少々良心が痛むがこれは古き契約なのだ。
「ホルス」
「はい?」と、病故か、私と同一と言っていい程白い少女が私を見つめる。
少女の眸は金。
その眼に誓うように私は跪いた。

「ホルス、古き契約の内用は知っていよう」
突然の私の行動に、ホルスは慌てふためくが、私は続ける。

「封印が解けしその時間、時代、国に於いて」
ホルスの右手をそっと、自分の右手と重ねる。

「王が男であるならば、その身を護る最強の盾として、共に生きる友として忠誠を」
手の甲の、剣に貫かれた場所に紋章が浮かぶ、それと時を同じくして、ホルスの甲にも共鳴するように同じ紋章が浮かび上がる。

「熱━ッ!」
ホルスが痛みに耐えかね声を上げる。
だが、私はその手を優しく握りながら。

「王が女であるならば、契りを交し、共に国を支える優しき剣として、善き夫として愛情を」

私はそっと、ホルスの紋章に口付けた。
by kujikenjousiki | 2005-11-30 01:51 | 小説
<< IQテスト 喚 >>