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日記と小説に似ても似つかないモノです
by kujikenjousiki


白と黒

私はこの白い部屋が大好きで、ここで本を読むのが大好きだった。
白い壁に白い家具、真っ白なシーツに包まれたベッドに横になりながら、季節と共に換わり往く景色を窓からぼんやりと眺めたり、大好きな本の世界へ旅立ったりするのが何より好きだった。
そこは病室のように白く儚げな部屋だったけれど、命が希薄な私には、何物にも代えがたい〝安心〟できる空間だった。
私の横には一人の友人、彼と、仕えの者が淹れてくれる美味しい紅茶。
優しい友人の笑顔と、私を慕い仕えてくれる屋敷の者達、独りの寂しさ消してくれる〝本〟

私には、それだけで十分だったのに━━

                           ◆

━━ヒュン、ヒュン。
何かが、風を斬り裂く音がする。
夜闇の中に幽かに光が煌めく。
だが、それも一瞬。
深く昏い闇の中、二人の男が舞っている。
そこは境内。森に囲まれた社の前で、二人の男が剣を振るう。
一人は、黒い胴着に身を包んでいる。
一人は、白い胴着に身を包んでいる。
対照的な二人だが、等しい部分があった。
鎧の類、そう、防具を身に纏ってはいないのだ。
身体を護るのはあまりに頼りない薄布のみ、正に一撃必倒の勝負。
だが、二人には十分。
己を護るのは防具に非ず、信じるは己が技量。
そして、それぞれの家に伝わる、それぞれ一本づつ携えた宝刀のみ。
今境内は、仏を奉る者が足を運ぶ場ではなく、月光に照らされた幽鬼二人の死合いの場。
研ぎ澄まされたあまりの緊張感に、傍観者も息を呑む。
その場に居た者は動く事すらままならない。
動いたら自分が両断される。そう思わせてしまう程の殺気と、それすら受け止め、流し、次の一撃を放とうとする鋭気が、空間を支配している。

ヒュン、ヒュン。

風斬音だけが、静寂に響く。
二人の舞は激しさを増し、一太刀触れれば全てを断つ鋭さだけが見て取れる。
そう、二人の剣はこの闘いの間に一合たりとも交じあっていない。
無論、肉を斬り裂く事すら。
上段からの斬り下ろし、下段からの斬り返し、中段からの諸手突き、それぞれが激しく、鋭く、剣を振るう。
時には片手で剣を振るい、不意を突いては飛びかかる。
隙を見せては隙を誘う。
その繰り返し。
ほんの一瞬、一回でも真に隙を突かれただけでその勝負は決まり、命は散る。
そんな真剣極まりないこの舞台で、二人の幽鬼は踊り狂う。
「・・・驚いた」
黒い侍がポツリと呟く。
「何がですか?」
必殺の一撃を放ちながら白い侍が問う。
応えなど返ってはこないかも知れないのに。
「まさか白翁の若旦那がこれほどまでに剣に長けているなどと、予想もせなんだ」
クク、と笑いながら黒い侍は剣を振り翳す。
「それは光栄」
石畳を真っ二つに裂く大上段の一撃を事もなげに流しながら、白翁と呼ばれた青年は応える。
「ですが、黒楼の大旦那様も、長らく床に伏せっておられたとお聞きしましたのに、どうも聴き違いのようで」
バッ、とお互い地を蹴り10m程飛び退った。
「ははは、まだまだ若い者には遅れは取らぬよ白翁」
白翁はやれやれと肩を竦めると、こちらもまた笑顔を返した。
「どうやらそのようで、私としても楽しい演舞を演じられてとても満足なのですが」
チャキ。
剣を顔の横に水平に構える。
「ですがそろそろ決着を付けなければなりませぬ故」
「そうだな」
スッ、と黒楼も下段に剣を構える。
「この舞も、我等の代で終りとなる」
〝この闘い、生き延びられた方が自由を得る〟
両者が同時に呟く。
そして突風。
二人の剣に風が集まる。
吹かれた一枚の木の葉が白翁の刀身に触れ、二つとなった。
二枚となった葉が地面に触れるのを皮切りに、黒と白が重なった。

決着は一瞬。
黒楼の、殆ど居合抜きの迅さの一撃を頭の位置を3ミリ程度ずらし、紙一重でかわした白翁は、両断の意志を剣に掲げ、首を斬り落としにかかった。
もしもこの闘いが通常のモノであったのならば、ここで黒楼の返す刀に弾かれて終ったであろう、だが。
「ふん、しくじったわ」
「私の、勝ちです」
死の際において、二人は笑った。

白翁の剣は、黒楼の首を護る刀ごと綺麗に両断した。

                           ◆

「勝者、白翁!!」
演舞を司る宮司が、そう叫ぶ。
今境内に残るは、勝者である白翁と、宮司のみ。
黒楼は、この舞によって見事にその命を散らした。
真っ白な衣に身を包んだ白翁は、どこかぼんやりとした様子で、今まで共に舞った男を見つめていた。
「大旦那様、私達の代でこの演舞も終りです。どうか安らかに」
宮司が送言を呟き、祈るように目を瞑った。

祈り終えた宮司は、白翁に微笑みながら役割を果たそうと続ける。
「お疲れ様でした、白翁様。では、宝刀を此処に」
白翁は無言で頷き、宝刀を鞘に納めると、宮司の手に渡した。
失礼しますと言いながら、黒楼の手からも二つに斬られた宝刀を抜き取る。
切り落とされた刀身はそのままに、柄の部分だけを鞘に封じる。
鞘に封じられた二つの刀を宮司は両手に掲げ持つ。
「では、最後の儀へと移行します。白翁様も中へおいでください」
白翁は促されるまま社へと足を進める。

白翁は振りかえると、
「お疲れ様でした、黒楼様」
静寂が支配するその境内に、一言だけ、労いの言葉を口にした。
by kujikenjousiki | 2005-11-06 23:34 | 小説
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